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【アラベスク】  第8章 荊の城



第3節 窮鼠、鶴を噛む [10]




「何がどこまで進んでいるの? お茶会には、山脇くんは来てくれるのでしょうねぇ?」
「それはっ 必ず説得して…」
「説得?」
 廿楽の隣に座る生徒。今どき縦ロールとは恐れ入る。
「華恩様からの招待状。山脇くんからの返事はまだのようですが、もしや彼は欠席されるとか?」
「そんな事はっ!」
 苦し紛れに紡ごうとする緩の言葉は、バンッと机を叩く音によって、無残にかき消される。
「じゃあどうして、彼からの返事が届かないのっ?」
 瑠駆真以外の生徒からは即日、遅くとも翌日には返事が届いていた。もちろん全員出席。華恩を敵にまわそうというバカはいない。
「緩さん、(わたくし)を怒らせたいの?」
 すでに怒っているのだが
「お茶会の件をお話してから、すでに二週間も経ちますわ。いったい今まで、何をしていましたの?」
「それはっ」
「彼からの返事がいつ届くのかと、あなたからの朗報がいつくるのかと、日がな待ち望んでいる私の心内、いかほどかおわかり?」
「それはもう…」
「夏休みの間も私を待たせて、今回もまた」
 返事を出していないのは瑠駆真だ。待たせていると言うのならそれは瑠駆真なのだが、そんな正論はこの場には通用しない。
「華恩様をお待たせするなどと、あなた、何様のつもり?」
「あのっ」
「しかも報告する義務まで怠って」
「その…」
「まさか山脇くんが欠席するなどという事態を招いているわけではないでしょうね?」
「それはっ」
「どうなのですかっ!」
 矢継ぎ早に言葉を浴びせられ、緩の思考は混乱を極める。
「あのっ 小童谷先輩からは何か?」
「あなたねぇっ!」
 再び机を叩く音。
「陽翔から何かあったら、あなたになんて聞いてないわよっ! それに何? まさかあなた、陽翔に任っきりで、私とのお約束をすっぽかしてるワケ?」
「そんな事ありませんっ ただ、小童谷先輩から何か報告はないかと」
「へぇ?」
 譴責(けんせき)を含めた声音。
「あなた、事の報告を陽翔に押し付けているワケ?」
「え?」
 絶句する緩に向って、縦ロールが口元を歪める。
「大したご身分ね」
「何かあれば、あなたが報告に来るのが当たり前でしょう? それを何? 陽翔にさせようってワケ?」
「そんなっ」
 これはもう八つ当たりだ。物事がうまくいかない苛立ちの捌け口にしていると言う以外、説明のしようがない。携帯での呼び出しを無視されたという事実も、気に入らないのだろう。
 それでも、緩には逆らえない。
 面詰(めんきつ)されても、反論は許されない。
 どうしよう?
 だが小童谷陽翔は、手出しはするなと緩に言った。すれば協力はしてくれないと。
 必ず山脇をお茶会へ出席させる。
 その言葉に根拠はない。不安もあった。どうやって承諾させるのか、方法も教えてはくれなかった。
 だが緩は、従う他ない。
 廿楽の親戚である小童谷の面目を、潰すわけにはいかない。
 あの日、駅舎で美鶴たちと対峙して以来、小童谷からは何の音沙汰もない。何も、知らされてはいない。
 ひょっとして、うまくいっていないのでは?
「聞いているのっ!」
 激しい怒声。ヒクッと背筋を正す。
「いいこと? これ以上は待てないわ」
 棘を含んだ冷たい言葉。茨のように緩を絞める。
「今週中に、なんとかしなさい」
「今週中っ」
 今日は木曜日。一週間の初日(しょじつ)を日曜日とするなら、あと三日。いや、あと二日と半日。
「そんなっ」
「言い訳は許しません」
 有無は言わせない。
「今までさんざん待たせておいて、これ以上は許しませんよ」
 それに と言葉を繋ぐのは横の縦ロール。
「唐渓祭までは、もうあと二週間。期限も迫っているのですからね」
「はっ はい」
 自分を串刺す複数の視線。まるで(はりつけ)にされているかのよう。
 先ほど緩が責め立てた眼鏡の少年。その姿が脳裏に浮かぶ。ここで彼女たちから突き放されてしまえば、緩も彼と同じ立場に突き落とされる。
 ――――転落する。
 緩は、足元がグラグラと揺れるのを感じた。







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